日本歴史地名大系 「湯坂路」の解説 湯坂路ゆさかみち 神奈川県:足柄下郡箱根町湯坂路湯本(ゆもと)より湯坂山・浅間(せんげん)山・鷹巣(たかのす)山などの箱根新期外輪山の峰々を通り芦之湯(あしのゆ)へ下り、精進池(しようじんがいけ)の淵より箱根権現に出て、芦ノ湖畔の芦川(あしかわ)宿から箱根峠を越えて三島(みしま)(現静岡県三島市)に至る中世箱根越の道。「日本紀略」延暦二一年(八〇二)四月一九日条に「廃相模国足柄路、開筥荷途、以富士焼砕石塞道也」とみえる「筥荷途」が後に湯坂路とよばれるようになった道か定かではないが、「吾妻鏡」治承四年(一一八〇)八月二四日条には、石橋山合戦で敗れた北条時政父子が「経筥根湯坂欲赴甲斐国」とあり、湯坂路は平安末期には成立していたと思われる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by