湯次村(読み)ゆすきむら

日本歴史地名大系 「湯次村」の解説

湯次村
ゆすきむら

[現在地名]浅井町湯次

内保うちぼ村の西に位置。地名の由来を大安寺三綱紀(東浅井郡志)にみえる「弓月寺」や、渡来人の秦人が湯次神社に祖神弓月君を祀ったとされることに求める説があり、字名には湯次宮ゆつきみや宮副みやぞえ鳥居馬場とりいばば鳥居下とりいした鳥居西とりいにしみやまえなど神社にちなむものが多い。慶長五年(一六〇〇)三田みた村など一九ヵ村に発せられた九月一六日付徳川家康禁制(南部文書)に「ゆすき村」の名がみえる。寛永石高帳によれば高三六九石余で旗本大岡領。慶長の古検では三六九石余であったが、寛永二一年(一六四四)もと湯次神社境内の新田六反余を検地して分米七石余を改出、正保二年(一六四五)同地で畑四反余・分米五石余、延宝三年(一六七五)にも当村全体の検地を行い二五石余を改出している(東浅井郡志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む