コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

湯築城 ゆづきじょう

日本の城がわかる事典の解説

ゆづきじょう【湯築城】

愛媛県松山市道後町にあった平山城(ひらやまじろ)。国指定史跡。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。南北朝時代、丘陵地に3段の曲輪(くるわ)が造営され、戦国時代にいたって丘陵部を二重の堀で囲んだ。1336年(建武3)、伊予国の守護河野通盛(こうのみちもり)が築いたとされ、以後250余年にわたり本拠とした。1585年(天正13)豊臣秀吉から四国平定の命を受けた小早川隆景は、3万余の軍勢で湯築城を包囲、城主の河野通直は約1ヵ月の籠城のすえに降伏し、河野氏は滅びた。城は隆景に与えられたが、その後、筑前に転封となった。替わって、福島正則が入城したが、居城を国分山城(こくぶさんじょう)(今治市)に移したため、湯築城は廃城となった。1602年(慶長7)、加藤嘉明伊予松山城(松山市)を築城する際に、石垣などを持ち去り、城跡は荒れ果てた。現在、城跡は道後公園になり、内堀、外堀、土塁が現存する。また、武家屋敷が復元されているほか、湯築城資料館や土塁展示室が設けられている。JR予讃本線松山駅から路面電車20分で道後公園前下車、徒歩1分。◇湯月城とも記す。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

湯築城の関連キーワード愛媛県松山市道後公園愛媛県松山市道後町南北朝時代小早川隆景愛媛(県)道後温泉来島通総河野通盛福島正則河野氏高縄山丘陵

今日のキーワード

あおり運転

危険運転の一種で、前方を走行する車両に対する嫌がらせ行為。車間距離を極端に詰めて道を譲るように強要する、猛スピードで追い回す、ハイビームやパッシング、並走しての幅寄せなどで威嚇する、といった行為が該当...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android