満禄郷(読み)まろごう

日本歴史地名大系 「満禄郷」の解説

満禄郷
まろごう

和名抄」所載の郷で、高山寺本・東急本ともに万呂と訓じ、名博本ではマロとする。正倉院宝物浅縹布墨書銘には「□□(上総)□□(朝夷) 細布壱端長四丈□尺 専当国司大掾正六 天平勝宝□□(八歳)□月」「朝夷郡満禄郷戸主□部広□調細布壱端長四丈二尺 天平勝宝八歳十一月」とあり、安房国が上総国に併合されていた天平勝宝八年(七五六)当郷の戸主「□部広庭」が調として細布を貢納している。「日本地理志料」は丸子まるこすなわち満禄とみて、現丸山まるやま丸本郷まるほんごうを中心に石堂いしどう御子神みこがみ宮下みやしたなどから三芳みよし山名やまな御庄みしようの地辺りまでを想定し、「大日本地名辞書」は旧満禄村に比定、中世には丸御厨と称したとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む