滋野七郎(読み)しげの しちろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「滋野七郎」の解説

滋野七郎 しげの-しちろう

1836*-1886 幕末-明治時代の尊攘(そんじょう)運動家,神職
天保(てんぽう)6年12月19日生まれ。越後(えちご)(新潟県)糸魚川(いといがわ)藩主松平家の祈願所持命院の院主。勤王をとなえ,戊辰(ぼしん)戦争では方義隊にくわわる。大村益次郎襲撃犯隠匿の罪で投獄される。のち弥彦(やひこ)神社宮司(ぐうじ)となり,大橋一蔵らと明訓校を創設。明治19年3月16日死去。52歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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