滝窪村(読み)たきくぼむら

日本歴史地名大系 「滝窪村」の解説

滝窪村
たきくぼむら

[現在地名]大胡町滝窪・金丸(かなまる)

現大胡町北部、赤城山中腹の村。東は市之関(いちのせき)村(現宮城村)、南は横沢(よこざわ)村、西は小坂子(こざかし)村(現前橋市)と赤城通の南北直線で境する。北は鶉(うずら)山を限り赤城山原野。「寛文朱印留」・寛文郷帳には滝久保村とみえ田方四〇〇石余・畑方七二石余、ただしこの高はのちに分村する横沢村分を含む。前橋藩領。元禄郷帳には滝窪村とあり高三〇七石余。灌漑用水は寺沢(てらさわ)川と寺沢溜池に依存。明治一〇年(一八七七)頃の「郡村誌」によれば農・桑を業とする者七〇戸、女は養蚕・製糸を業とする者五〇名。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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