滝講浦
たきごううら
[現在地名]若松町間伏郷
中世よりみえる五島の浦。現間伏郷の滝河原に比定され、滝ヶ原瀬戸に臨む。正応二年(一二八九)三月四日の青方覚尋譲状案(青方文書)にみえる「たかうらのセと」は滝ヶ原瀬戸と考えられ、覚尋(青方能高)が波佐見親平に地頭職を譲った浦部島の西境であった。正中二年(一三二五)当時、領主は波佐見親平であるという「下浦部内□講浦」は当地であろう(同年三月一三日「青方高継請文案」同文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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