潟保村(読み)かたほむら

日本歴史地名大系 「潟保村」の解説

潟保村
かたほむら

[現在地名]西目町西目 潟保

西目川上流、盆地状に広がる水田地帯の南端に位置し、東は鮎川あゆかわ(現本荘市)、西は川を隔てて川崎かわさき村・西目村、北は沼田ぬまだ村に接する。

慶長一七年(一六一二)の由利郡中慶長年中比見出検地帳(由利郡中世史考)に潟保郷とある。「出羽国風土記」に村名について「当村に二里四方の潟有故に潟保と云ふ」とある。

「由利十二頭記」に「潟保村は潟保双記斎」とあり、由利十二頭の潟保氏の本拠地であった。潟保治部大輔は天正一〇年(一五八二)由利衆の一人として小野寺氏攻撃に参陣(奥羽永慶軍記)、同一五年、最上氏の将中山光直は治部大輔に書簡を送り、仙北せんぼく郡の干戈をやめるよう小野寺氏への執成しを求めた(「中山光直書状」奥羽文書纂)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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