瀬田来(読み)せたらい

日本歴史地名大系 「瀬田来」の解説

瀬田来
せたらい

[現在地名]亀田郡戸井町字瀬田来町

天保郷帳にみえる地名で、小安おやす村の持場の一つ。汐首しおくび岬の東方、蓬内よもぎない川流域にあたる。享保十二年所附に「汐くひ」に続けて「せたら」とみえ、「従是東蝦夷地之内」と記される。天明元年(一七八一)の「松前志」にも「セタラ」とある。「蝦夷拾遺」では「世多良村」として一〇戸弱・二〇人弱、松前へ陸路三〇里余であった。「蝦夷迺天布利」は「セタラヰ」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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