小安村(読み)おやすむら

日本歴史地名大系 「小安村」の解説

小安村
おやすむら

[現在地名]亀田かめだ郡戸井町字小安町おやすちよう・字小安山おやすやま・字釜谷町かまやちよう・字汐首町しおくびちよう・字瀬田来町せたらいちよう

近世から明治三五年(一九〇二)までの村。箱館六箇場所の一つ小安場所であったが、寛政一二年(一八〇〇)に「村並」となり(休明光記附録)天保郷帳の「従松前東在」に「小安村」とみえ、持場として釜谷汐首崎しおくびさき・瀬田来・蓬内が記される。安政五年(一八五八)正式に村となった(書付并伺書類)。南は津軽海峡に面し、北は緩やかな山野が開け、標高三〇〇―四〇〇メートルの小安山(釜谷富士)気無けなし(四一五・一メートル)が連なる。東は戸井川(二ッ石川)を境に戸井村、西は谷地町やじまち川を境とする。小安村から戸井村、尻岸内しりきしない(現恵山町)までの亀田半島の東海岸を通称しも海岸とよぶ。函館山とその東端立待たちまち岬から汐首岬までは緩やかな弧を描いた砂浜の海岸線が続く。谷地町川から東へ抜石ぬきいし川・高屋敷たかやしき川・小安川・運賀うんが川・ウエン川と、汐首岬まで六河川が沿海に注ぎ、岬を東に回ると蓬内よもぎない川と戸井川が注ぐ。

〔近世〕

寛政一一年東蝦夷地が松前藩領から幕府直轄となって以降箱館湊への来往者も増加し、文化八年(一八一一)の小安の戸口は六五軒・二七五人(蝦夷地明細記)


小安村
こやすむら

[現在地名]加古川市加古川町北在家かこがわちようきたざいけ

刀田とた村の西に位置する。一七世紀後半に刀田村(刀田山)より分村し、のち刀田村を含む。元禄郷帳では古くは刀田山と肩書された小安村がみえ高六一石余。元文二年(一七三七)村明細帳(鶴林寺文書)によれば、姫路藩主榊原忠次の時代(一六四九―六五)に現村名になったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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