日本歴史地名大系 「灰下村」の解説 灰下村はいげむら 新潟県:長岡市灰下村[現在地名]長岡市大積灰下(おおづみはいげ)町曾地(そち)峠越の高田(たかだ)往来脇道沿いにあり、大積村の南端から南方の山地に一キロほど入る。桝形(ますがた)山の尾根が北方に延び、当村の東側を横切っているが、西方の千本平(せんぼんだいら)村、南方の高鳥(たかとり)へは山道で通じる。元和六年(一六二〇)の長岡藩知行目録に村名がみえ、高九七石一斗余。正保国絵図・元禄郷帳も同高、旧高旧領取調帳では高一九五石二斗余。貞享三年(一六八六)から椎谷藩領、天明六年(一七八六)から与板藩領、文政元年(一八一八)に出羽国上山藩領となって幕末に至る。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by