為石村(読み)ためしむら

日本歴史地名大系 「為石村」の解説

為石村
ためしむら

[現在地名]三和町為石・椿(つばき)が丘(おか)

蚊焼(かやき)村の北東に位置し、南東部の入江に大(おお)川が注ぐ。東部に鷹(たか)ノ巣(す)岳・寺(てら)岳がある。古くは水(みず)ノ浦と称されたといわれ(郡村誌)、溜洲からの転訛という説もある。縄文時代から弥生時代・古墳時代などにわたる遺物が発見された為石遺跡付近では中世の瓦器などの陶器類が採集される。高来(たかく)郡のうちで、江戸時代は肥前佐賀藩家老の深堀鍋島家領、深堀(ふかほり)郷に属した。慶長国絵図に「深堀ノ内 ためし村」と記される。寛永一九年(一六四二)の平戸町人別生所糺によれば、「深堀之内ためし村」生れのふくは寛永一四年に長崎平戸町の大坂屋弥右衛門尉の奉公人として入るが、その父母はキリシタンでふくの生れる前に転びとなっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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