烏丸家(読み)からすまるけ

改訂新版 世界大百科事典 「烏丸家」の意味・わかりやすい解説

烏丸家 (からすまるけ)

藤原氏北家冬嗣の流れ。家格は名家家名は京都の烏丸に住したのによる。このため烏丸を名のった公卿は少なくないが,子孫世襲して称するようになるのは,室町時代,権大納言日野資康の二子豊光から。江戸時代には初め1500石,のち954石を給せられ,代々歌道の家として朝廷仕え,多くのすぐれた歌人を出した。なかでも准大臣光宣の子光広は細川幽斎門下の歌人として後陽成・後水尾2代の天皇に仕え,宮廷文化のなかで重きを占めた。その反面,光胤は竹内式部に学び,宝暦事件に座して永蟄居に処せられた。幕末には光徳(みつえ)が国事に奔走し,戊辰の役に際しては征討参謀に任じられて従軍し,江戸開城後の江戸府知事等を務めた。1884年華族令の制定により子爵を授けられた。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

関連語 貞夫 川田

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む