烏古・敵烈(読み)うこ・てきれつ(その他表記)Wu-gu Di-lie; Wu-ku Ti-lieh

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「烏古・敵烈」の意味・わかりやすい解説

烏古・敵烈
うこ・てきれつ
Wu-gu Di-lie; Wu-ku Ti-lieh

中国,遼・金時代に興安嶺の西にいた遊牧部族。『遼史』では烏古敵烈部として出てくるが,烏古と敵烈の両者は住地が接し,常に行動をともにしたからであろう。しばしば反乱を起したため,遼はその統治に苦しみ,寿昌2 (1096) 年東方の烏納水流域にこれを移した。故地に残った部族のうち金末になって烏古部はオンギラット部,敵烈部はタタール部として史上に現れてくる。

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