烏帽子山城跡(読み)えぼしやまじようあと

日本歴史地名大系 「烏帽子山城跡」の解説

烏帽子山城跡
えぼしやまじようあと

[現在地名]福知山市字小牧

小牧こまきの小字下戸さげとと兵庫県氷上ひかみ青垣あおがき町字山垣やまがいとの境の烏帽子山(五一二・五メートル)山頂にある。「丹波志」天田郡古城の部に「山嶮ニシテ二方ニ口有リ、上平ニシテ遠方ヲ見ル、形鉢ヲ伏タルコトシ、(中略)古城主悪右衛門尉ト云」とあり、現在上豊富かみとよとみ地区では赤井悪右衛門直正の居城と伝える。同書氷上郡古城の部には次のように記される。

<資料は省略されています>

享禄天文(一五二八―五五)の頃、管領・丹波国守護であった細川家の内訌により、その家臣三好長慶が権勢を握ったが、次の書状(夜久文書)は三好氏の家宰松永久秀の弟内藤備前守宗勝が、味方の夜久やく(現天田郡夜久野町)地頭夜久主計進よりの書信に答えたものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む