無量村(読み)むりようむら

日本歴史地名大系 「無量村」の解説

無量村
むりようむら

[現在地名]会津高田町旭無量あさひむりよう

会津盆地南西隅にあり、東は寺入てらいり村、北の池端いけのはた村と南西の東尾岐ひがしおまた村をつなぐ長岡ながおか峠の麓にある。本村の南に端村長岡があり、南東に端村沼田原ぬまたはらがある。村名は無量寺があることによるという。近世は会津領から寛永二〇年(一六四三)以降南山御蔵入領で、東尾岐組に属した。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に無量寺とあり、高四七六石余。文化一五年(一八一八)の南山御蔵入領組村高帳では高四七九石余。化政期の家数は本村二五・長岡二五・沼田原五(新編会津風土記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む