片山経塚
かたやまきようづか
[現在地名]鹿島市大字納富分字若殿分
蟻尾山の東方山腹、標高八〇メートル余りの雑木林中に築成されている。鎌倉時代前期と推定される経塚群である。昭和三五年(一九六〇)発見され、調査を行った(「佐賀県における埋蔵文化財の発掘発見の覚書」郷土研究・第一〇号・昭和三五年)。
南北に二・四メートル余りの間隔をおいて、四基が築成されていた。構造は四基とも類似し、地山を径一メートル余りに浅く掘りくぼめ、その中央部をさらに径四〇センチ、深さ六〇センチ前後に掘り下げてあった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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