片田北村(読み)かただきたむら

日本歴史地名大系 「片田北村」の解説

片田北村
かただきたむら

[現在地名]西淡町志知北しちきた

西路にしじ浦の南、志知北村の西、西淡丘陵の東端部と山裾からしん川西岸に至る低湿地帯に立地する。片田南村の八幡神社の慶長八年(一六〇三)棟札に片田村とみえ、江戸初期には片田村一村であったが、のち片田北・片田南に分村したようである。正保国絵図に片田北村とみえ、高三〇九石余。天保郷帳でも同高。反別戸数取調書では反別二八町九反余、高三〇三石余、うち蔵入地高二五石余、高二四七石余は渡瀬九郎左衛門ら七名の給知、家数一二〇・人数四八四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む