片田春太(読み)かただ はるた

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「片田春太」の解説

片田春太 かただ-はるた

1840-1863 幕末武士
天保(てんぽう)11年生まれ。山田十竹(じっちく)の弟。安芸(あき)広島藩士。藩主浅野長訓(ながみち)にしたがい,江戸藩邸につとめる。文久2年長訓が攘夷(じょうい)の詔をうけると,藩内攘夷派に書をおくり奮起をうながした。また同藩初の汽船震天丸の購入に奔走幕命に抗して世子長勲(ながこと)を京都にむかわせ,その直後の文久3年3月21日自殺。24歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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