牛丸村(読み)うしまるむら

日本歴史地名大系 「牛丸村」の解説

牛丸村
うしまるむら

[現在地名]荘川村牛丸

しよう川と御手洗みたらい川との合流地点に開けた村で、東と西は山、南は白川しらかわ街道で牧戸まきど村に続く。蓮勝れんしよう寺の文明一五年(一四八三)蓮如下付の本尊裏書(飛州志)に「飛騨国牛丸」とみえる。元禄飛騨国検地反歩帳に村名がみえ、高二二石余、田三町三反余・畑二町余。「飛騨国中案内」によれば免は四割六分七毛、家数一九、うち百姓八・門屋九・家抱一・寺一。庄川の西側に上滝かみたき金山があり、慶長(一五九六―一六一五)頃には大いに繁栄したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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