牛之川村(読み)うしのかわむら

日本歴史地名大系 「牛之川村」の解説

牛之川村
うしのかわむら

[現在地名]広見町北川きたがわ 牛野川うしのかわ

奈良なら川の上流泉が森いずみがもり(七五五メートル)の東麓の村。南は北川きたがわ村に接する。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)宇和郡の項に「牛ノ川村 茅山有」と村名がみえ、「墅截」には「牛野河村」と異記される。宇和島藩領。

太閤検地の際の石高は三八石五斗の小村で、耕地面積の比率は田八五パーセント、畑一五パーセント。寛文検地では石高が九九パーセントも増え、田三八パーセント、畑六二パーセントとなっている。「墅截」によると、村柄は「中」、田が「中ノ上」、畑は「中」、水掛りは「吉」となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む