牛句村(読み)うしくむら

日本歴史地名大系 「牛句村」の解説

牛句村
うしくむら

[現在地名]敷島町牛句

境(さかい)村の北、荒(あら)川流域に位置する。武田信玄は永禄六年(一五六三)と推定される亥七月六日、牛句などに釜無川の治水を命じ(「武田信玄印判状」保坂達家文書)、元亀三年(一五七二)三月二六日、破損した上条(かみじよう)堰の再興を牛句郷など六郷に命じた(「武田家印判状写」甲斐史料集成稿)。天正一〇年(一五八二)八月一一日に徳川家康は御岳衆相原兵部左衛門らに牛句七〇貫文などを宛行った(「徳川家印判状写」社記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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