牛込西方寺門前(読み)うしごめさいほうじもんぜん

日本歴史地名大系 「牛込西方寺門前」の解説

牛込西方寺門前
うしごめさいほうじもんぜん

[現在地名]新宿区喜久井町きくいちよう

牛込誓閑寺うしごめせいかんじ門前の南に位置する町人町で、西方寺の門前にある。高田たかだ馬場から市谷柳いちがややなぎ町へ行く道の西側に沿った片側町。西は西方寺境内、東は道を挟んで牛込馬場下うしごめばばした横町、南は石見津和野藩下屋敷。当地は牛込村のうちで、正保三年(一六四六)済松さいしよう寺領となり同寺の年貢地。元禄一五年(一七〇二)検地。門前町家の起立年次は不詳だが、寛文新板江戸絵図に「町」とだけみられ、延享二年(一七四五)に町奉行支配となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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