日本歴史地名大系 「牧ヶ谷村」の解説 牧ヶ谷村まきがやむら 静岡県:静岡市旧安倍郡地区牧ヶ谷村[現在地名]静岡市牧ヶ谷安倍川とその支流藁科(わらしな)川の合流点右岸沿いに位置し、対岸は山崎(やまざき)新田・羽鳥(はとり)村。永禄八年(一五六五)一一月七日の今川氏真判物(増善寺文書)によると、椎尾増善(しいのおぞうぜん)寺の末寺である「牧谷」の光雲寺(現臨済宗妙心寺派耕雲寺)の寺領一町四段半と畠二枚が増善寺宗佐に安堵されている。寛永九年(一六三二)幕府領、宝永二年(一七〇五)旗本本多領、宝暦元年(一七五一)幕府領となり幕末に至ったとみられる(「駿河国志補遺」「寛政重修諸家譜」など)。元禄郷帳では高二三四石余。旧高旧領取調帳では幕府領二五三石余。「駿河記」では家数五一。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by