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牧野権六郎 まきの ごんろくろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

牧野権六郎 まきの-ごんろくろう

1819-1869 幕末の武士。
文政2年8月2日生まれ。備前岡山藩士。水戸徳川家から池田茂政(もちまさ)を藩主にむかえるのに尽力し,側御用取次となる。国事周旋御用をつとめ,慶応3年藩の代表として二条城の会議で大政奉還を説くなど,尊王運動の中心となって活躍。維新後は参政,刑法主事上席。明治2年6月28日死去。51歳。本姓は薄田。名は成憲。字(あざな)は子欽。号は柁軒,柁翁。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

牧野権六郎

没年:明治2.6.28(1869.8.5)
生年:文政2.8.2(1819.9.20)
幕末の備前岡山藩士。父は薄田長兵衛,母はサヨ。牧野家に養子に入る。嘉永2(1849)年家督相続。貝太鼓奉行,江戸留守居役などを歴任。文久2(1862)年12月,支藩の鴨方藩主池田政詮に従って上洛,公武合体運動を進めた。翌3年2月徳川斉昭の9男で慶喜の弟茂政が藩主に迎えられてのち,側御用取次として補佐。慶応2(1866)年3月国事周旋御用,同3年7月上洛し後藤象二郎,辻維岳に続いて大政奉還の実現を図った。翌明治1(1868)年3月,茂政が退き政詮(章政)が藩主になってほどない同6月隠居。中央には出ず藩内行政を担当した。

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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