牧野貞長(読み)まきの さだなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「牧野貞長」の解説

牧野貞長 まきの-さだなが

1733-1796 江戸時代中期-後期大名
享保(きょうほう)18年11月21日生まれ。牧野貞通(さだみち)の3男。兄忠敬(ただたか)が宗家をつぎ越後(えちご)長岡藩主となったため,寛延2年常陸(ひたち)(茨城県)笠間(かさま)藩主牧野家2代。寺社奉行,大坂城代,京都所司代をへて,天明4年老中となる。寛政8年9月30日死去。64歳。通称は道五郎。号は沢翁,友月庵常山。備後守(びんごのかみ)。

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367日誕生日大事典 「牧野貞長」の解説

牧野貞長 (まきのさだなが)

生年月日:1733年11月21日
江戸時代中期の大名
1796年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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