物吉村(読み)ものよしむら

日本歴史地名大系 「物吉村」の解説

物吉村
ものよしむら

[現在地名]東山区弓矢ゆみや町・宮川筋五町目みやかわすじごちょうめ

もと北御門町の地。北御門町は後に大黒町だいこくまち通に移る。宮川みやかわ筋の西にあった晴明塚せいめいづかが移転してきた所。晴明辻子ともいう。

貞享二年(一六八五)刊「京羽二重」に「四十八願寺」を列挙して「三十二願 阿弥陀 物よし村」とみえるのが早く、地図では寛保初京大絵図に、それまで「せいめいつか」とされてきた区域を「ものよし村」と表記し、宝暦四年(一七五四)京都絵図には「モノヨシ寺」の記入がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む