日本歴史地名大系 「物見山経塚」の解説
物見山経塚
ものみやまきようづか
[現在地名]山陽町大字郡 物見山
厚狭盆地の東縁に連なる老年山地の一孤立丘、
出土品は、経筒・経外筒・紙本写経文および鉄刀で、経筒は印籠式にかぶせる蓋のつまみ部に、蓋とは別に鋳造した多宝塔が鋳付けられた高さ三一センチ、外径五・二センチ、厚さ〇・一五センチの薄手細身の鋳銅製である。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
厚狭盆地の東縁に連なる老年山地の一孤立丘、
出土品は、経筒・経外筒・紙本写経文および鉄刀で、経筒は印籠式にかぶせる蓋のつまみ部に、蓋とは別に鋳造した多宝塔が鋳付けられた高さ三一センチ、外径五・二センチ、厚さ〇・一五センチの薄手細身の鋳銅製である。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...