末益村(読み)すえますむら

日本歴史地名大系 「末益村」の解説

末益村
すえますむら

[現在地名]山陽町大字こおり・大字山川やまかわ

厚狭盆地の南西部を含み、厚狭川両岸に沿って南の半島状に突き出た梶浦の宮崎かじうらのみやざきまで、南北に長く連なる村。北東は厚狭、南東逢坂あいさか(現楠町)千崎ちざき後潟開作うしろがたかいさく(現小野田市)、西は山野井やまのい津布田つぶたの各村に接する。南部の梶浦以外は農村。萩藩領で吉田宰判に属する。

村内にはいちつぼ大坪おおつぼなど条里制に関する地名が残る。当村は厚狭村とともに「和名抄」に記す「厚狭郷」の地に比定され、また「延喜式」にみえる「厚狭駅」や厚狭郡家も村域内にあったと考えられる。

中世には村域内に末益名があり、貞応二年(一二二三)の松岳山正法寺文書(「注進案」所収)にみえ、その他の中世文書にも散見する。また武蔵国横山党の一員で成田なりた村の箱田はこだ(現埼玉県熊谷市)を本拠とする箱田氏が、西遷御家人としてこの地に入部したと伝える。さらに伝説上の人物寝太郎が開発したと伝える千町せんちようはらは村域内にあたる。村内の山川は「山河別府」(「注進案」所収松岳山正法寺文書)と称された地にあたる。また文明二年(一四七〇)の「河津伝記」(「宗像郡誌」所収)に「山河内廿(石カ)広田淡路守預坪付別紙」とあり、守護大内政弘が河津掃部助に山河(山川)の地を与えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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