翻訳|corrosion
金属学の用語。金属がそれをとりかこむ環境物質との間の化学反応もしくは電気化学反応によって損耗すること。かつては腐食現象を材料の固有の性質と考えた時代があるが,現在では使用環境に大きく依存する現象であるとする考えが定着した。このように環境中に存在する特定の物質との化学的相互作用によって材料が変質や劣化する現象は,金属に限らずすべての材料にとって,その使用寿命を決める重要な因子の一つであるが,単に腐食という場合には金属腐食metallic corrosionを意味するのが通例である。実用金属はもともと酸化物,硫化物などの形で産出する鉱物資源から製錬によって得られたものであり,腐食してさびになることは金属にとってみれば,かつて自然界に存在した安定な形に戻る自発的な過程である。このため金属材料にとって本質的な問いは〈なぜ腐食するのか〉ではなくて〈なぜ腐食しないのか〉であり,腐食しないメカニズムが崩れると本来の姿として腐食が進行するということになる。腐食の観点からみると金属材料の使われ方は次の2通りになる。第1は裸使用を原則とする耐食材料,第2はなんらかの防食手段の併用を前提とする材料である。貴金属類,ステンレス鋼,銅合金,アルミニウム合金,チタン合金などほとんどの材料は第1の分類に入る。この場合,裸使用といっても,使用状態の材料の表面には必ずなんらかの化合物皮膜が存在しており,いいかえれば与えられた環境下で自然に生成する皮膜が地の材料を防護する性質をもつ材料である。第2の分類に入るのは金属材料のなかで量的に圧倒的に多く使用されている鉄系材料(炭素鋼,鋳鉄,鋳鋼)であり,自発的に生成する皮膜の保護性が十分でない場合でも,なんとかして使わなければならない宿命をもった材料であるということになる。この場合防食の併用が不可欠となる。
腐食の原因物質として最も主要なものは空気中の酸素である。金を除くすべての金属が空気中の酸素と自発的に結合して酸化物をつくる。金属光沢をもった金属材料の表面を詳細に調べると,1nmのオーダーの酸化物の超薄膜が存在している。この皮膜は常温では酸化反応に対してほとんど完全な障害となるので,乾燥した空気中での金属は酸素と共存するという熱力学的な不安定条件下にもかかわらず,反応速度論的に安定である。この自己防食性に優れた酸化物超薄膜を破壊する主要な原因は三つある。第1は水(湿食),第2は温度(乾食),第3は応力(機械的応力下の腐食)である。水の存在下で金属の酸化が起こると,通常結果として水和酸化物コロイド粒子の集合体である〈さび〉が生成する。自然環境下での銅合金や亜鉛合金などの場合は1μmのオーダーに成長したさび層が自己防食性を示すので耐食材料となるが,鉄系材料で生成するさびは自己防食性に乏しい。水が存在していても安定な不働態を生ずる材料は,金属光沢を失わずに使用できる耐食材料であり,ステンレス鋼などが知られている。次に温度の影響であるが,空気中で高温に加熱すると表面の酸化物超薄膜は成長性の皮膜に変わる。高温酸化による厚い酸化物皮膜(通常スケールと呼ぶ)の成長が著しくなるという理由で材料が使えなくなる温度をスケーリング温度というが,通常の場合,高温での機械的強度の限界温度よりはスケーリング温度のほうが高いので,実用材料では高温酸化によるスケール生成はあまり問題とはならない。このスケールを破壊する条件が加わったり,溶解する物質が存在するときに起こる異常酸化が高温腐食high temperature corrosionでの問題となる。応力の存在下で金属の変形が起こると表面皮膜の破壊が起こるが,破れ目を起点とする腐食反応の進行の速度がそれを補修する速度を上回ると局部腐食に発展する。湿食条件と機械的な皮膜の破壊とが重なり合うと腐食疲労,衝撃腐食,応力腐食割れなどの過酷な局部損傷の原因となる。以下,常温での水溶液環境での腐食に関して述べるが,個々の用語は別欄に一括して示した。
全面腐食general corrosionは金属表面全体にほぼ均一に生ずる腐食である。われわれの目にふれる自然環境での腐食では,表面に腐食生成物がさびとして残る。この場合には平均侵食率によって腐食の状況を表示できる。使用環境での平均侵食率が0.1mm/年以下の場合を通常〈耐食性あり〉と呼んでいる。形態としては全面腐食でも腐食面の凹凸が激しい荒れた状態をとる場合には不均一腐食uneven corrosionと呼び,次の局部腐食のなかに加える場合もある。局部腐食localized corrosionは耐食材料に生ずる腐食で,本来,耐食性が期待される材料と環境の組合せのなかで,実際にも表面の大部分は耐食性を示しているのにもかかわらず,ある特定の場所に腐食の進行が集中する形で起こる腐食の形態をいう。腐食の状況を表すパラメーターとしては最大侵食深さが適しており,平均侵食率はこの場合あまり意味をもたない。局部腐食の原因としては,使用中の環境条件の変化,構造物や機器の設計上の不備,製造条件の不備によって生じた材質の欠陥,防食手段の局部的な消失などがある。局部腐食の形態としては,孔食,糸状腐食,隙間(すきま)腐食,水線腐食,粒界腐食,選択腐食,腐食を原因とする割れなどがある。
大気中,海水中,土壌中で起こる金属の腐食を,それぞれ大気腐食atmospheric corrosion,海水腐食sea water corrosion,土壌腐食soil corrosionと呼ぶ。大気腐食は通常,屋外において雨,日光,風などの影響のもとに進行するものを指し,室内腐食in-door corrosionとは区別する。湿度,降雨量,汚染ガス,汚染煤塵(ばいじん),海塩粒子などが腐食性に関係するので,これらの特徴によって大気環境を工業地帯,海洋地帯,都市地帯,田園地帯のように分類する。海水腐食は海洋構造物や船舶などのほかに,海水を利用する装置や配管などで問題となる。最もやっかいな問題はフジツボのような海洋生物の付着によって表面に隙間などが形成されることである。海洋腐食marine corrosionという言葉は,海水腐食のほかに海洋大気中や,海洋泥中の腐食を含めて海洋構造物の腐食全般をさすときに使われる。土壌腐食は土中腐食underground corrosionとも呼ばれ,電食(迷走電流腐食),および通気差腐食がおもな原因となる。特殊なものとしては細菌腐食が原因となる場合もある。自然環境での腐食としては上記のほかにも淡水腐食fresh water corrosion,汽水腐食brackish water corrosionなどの分類がある。塩分をほとんど含まない淡水や河口地域などで生ずる淡水と海水の混合した汽水の中では,しばしば海水中よりも激しい腐食が起こることがある。
局部腐食のメカニズムによる分類としては,異種金属接触腐食(ガルバニック腐食),電食,通気差腐食(酸素濃淡電池腐食),閉塞(へいそく)電池腐食,露点腐食などがある。機械的作用下の腐食としては,エロージョン腐食,摺動(しゆうどう)腐食,乱流腐食,キャビテーション腐食,応力腐食割れ,腐食疲労などがある。特殊なものとしては,腐食反応を原因として生成した原子状水素が鋼材内部に拡散浸透して材質をもろくし,割れをひき起こす水素脆化(ぜいか)がある。これはとくに高張力鋼の遅れ破壊として問題となる。
経済の高度成長期を契機として,日本の鉄鋼構造物(道路,橋梁,港湾施設,配管,建造物など)を中心とする社会資本の充実はめざましいものがある。これらの国家の富に対する最大の敵が,火災なき火災と呼ばれる腐食である。適切な維持管理を行えば永久に使用できる構造物を腐食で失うことは,資源の浪費の観点から避けなければならない。また局部腐食を原因とする強度部材の破壊は構造物全体の安全を脅かし,大きな社会問題となる。技術の高度化はアキレス腱としての小さな部材の腐食の重要性を高めている。大きなシステムが1個の電気接点の腐食による接触不良や,配管系にあいた小さな一つの穴で機能を停止するような事態もまま起こることである。
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
金属材料が使用環境中の物質と反応して金属イオンまたは非金属の化合物となって損耗していく現象。金属材料の種類と使用環境との組合せに応じてさまざまな形態の腐食が現れるが、使用環境が水溶液であるかガスであるかによって湿食と乾食とに大きく分けられている。さらに腐食現象のなかには、材料に応力が作用している状態でのみ現れるものもあるので、応力下での腐食であるか否かによってこれらは細分化されている。機械や装置の腐食は事故の原因となることが多いので、防食対策には日ごろから十分の配慮が必要である。次に、おもな腐食形態とその原因について述べる。
[杉本克久]
金属の粒界のみが選択的に溶解される型の腐食。熱処理などにより粒界およびその近傍に溶解されやすい組成の析出物や溶質欠乏帯が形成されたときに生ずる。そして、これは500~800℃に短時間加熱された18-8ステンレス鋼を硫酸‐硫酸銅溶液につけたときなどにみられる。
[杉本克久]
表面の大部分は健全であるにもかかわらず、ごく一部にのみ針で突いたような小さくて深い孔状の腐食がおこることがある。この型の腐食は、環境中の塩素イオンにより表面皮膜が局部的に破壊されるときに生じやすく、海水中につけられたステンレス鋼やアルミニウムによくみられる。
[杉本克久]
金属どうしの継ぎ目や金属の表面に付着した異物の下などにできた狭いすきまに生じる腐食。すきま内部は外部に比べて溶存酸素の供給が不十分であるため、すきま内部の金属は不動態化しにくく、そのためこの部分の金属が活性溶解を続けることによって生ずる。
[杉本克久]
腐食性でない環境中ではけっして機械的破壊を生じないような弱い引張り応力が腐食性環境中で使用されている金属材料に作用したとき、ある期間経過後に突然その材料の破壊が生ずる型の腐食。機械的応力により表面皮膜の一部が破壊され、そこに腐食が集中することにより生ずるといわれている。塩化物水溶液中の18-8ステンレス鋼、アンモニアガス中の黄銅、カ性アルカリ水溶液中の炭素鋼などに生ずることが知られている。
[杉本克久]
腐食時に生じた水素が金属材料中に吸収され、それによって金属材料が脆(ぜい)化し、弱い引張り応力の下でも破壊してしまう現象である。硫化物水溶液中における高張力鋼などにみられる。
[杉本克久]
腐食性環境中で引張り―圧縮の交番応力が作用している金属材料に生ずる。腐食性でない環境中では疲労破壊が生じないような小さな応力の下でも、腐食性環境中では比較的短時間で疲労破壊が生ずる。
[杉本克久]
流体または粉体粒子の連続的な衝突により金属表面の皮膜がはぎ取られ、その部分が活性溶解をおこして局部的に深く侵食される型の腐食。スラリー輸送の配管やポンプなどによくみられる。
[杉本克久]
広義には環境との化学反応により物質の量または質が劣化する現象であるが,狭義には,金属のイオン化を含む化学変化に限られる.金属は多くの場合硫化物あるいは酸化物から製錬されてつくられたもので,熱力学的には安定状態ではない.それゆえ,通常の環境では酸化して安定な状態に落ち着こうとする傾向をもっている.この変化過程を腐食という.この意味では腐食は製錬の逆過程であるが,腐食という用語には,品質の低下,損失などの評価が含まれている場合が多い.電気化学的には,腐食は金属のアノード溶解
M → Mn+ + ne
と被還元物質のカソード反応
2H+ + 2e → H2,O2 + 2H2O + 4e → 4OH-
などの同時反応と考えられる.腐食は通常,低温腐食と高温腐食あるいは湿食(wet corrosion)と乾食(dry corrosion)に分類される.また腐食形態などから次のように分類される.
(1)均一腐食(uniform corrosion),
(2)局部電池腐食(galvanic corrosion),
(3)すきま腐食(crevice corrosion),
(4)孔食,
(5)粒間腐食(intergranular corrosion),
(6)選択腐食(selective corrosion),
(7)摩耗腐食(erosion corrosion),
(8)応力腐食割れ.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…これに比べると硬い岩盤の所では目に見えるような変化は起こりにくいが,岩石中の節理や割れ目に沿って岩塊がもぎ取られることがあり,これを切離作用という。化学的浸食作用とは流水とこれに接する地面を構成する物質との間に行われる化学反応の結果生じたすべての化学的変化のプロセスを指していい,流水が異物質を溶解して除去するので溶食corrosionという。川の水の中には多量の溶存成分が含まれているが,これはおもに地下水が地中をゆっくりと移動する間に取り込んできたもので,川の水による溶食は地下水に比べて接触時間がはるかに短いので微々たるものである。…
…
[河食]
流水つまり河の浸食(河食作用)は湿潤地域においては最も一般的な浸食営力で,その結果,峡谷またはV字谷などの河谷(河食谷)を生ずる。滝の直下に滝壺を生ずるような水体そのものが岩盤を削る水食作用hydraulic actionと河水が運搬中の砂礫を材料にして河床を削る削磨作用corrasionと,さらに岩石によっては河水と接触して溶解する溶食作用corrosionが営まれる。溶食は石灰岩地域や熱帯に顕著である。…
…雨水や河流,地下水などによって岩石が溶解され,浸食される現象で,水による化学的な風化・浸食作用の総称。とくに二酸化炭素CO2を含む水は,石灰岩のような方解石CaCO3を主成分とする岩石を次式で示す反応で溶解する働きがある。 CaCO3+H2O+CO2⇄Ca2++2HCO3- この作用は石灰岩台地において,カルスト地形と呼ばれる特殊な景観をつくり出す重要な営力として働く。一般に,石灰岩の溶解速度はCO2を多く溶存しうる低温の水の方が早いので,熱帯地方よりも寒冷地方で溶解量が多いと考えられがちである。…
…美術用語としては,銅板など金属表面を酸で腐食して凹版をつくる技法,および,これを利用して刷った版画をさす(〈銅版画〉の項参照)。広くは,表面を化学的または電気化学的に溶解する加工法をいう。…
※「腐食」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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