コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

物部影媛 もののべの かげひめ

2件 の用語解説(物部影媛の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

物部影媛 もののべの-かげひめ

日本書紀」にみえる女性。
物部麤鹿火(あらかひ)の娘。仁賢(にんけん)天皇11年,小泊瀬稚鷦鷯尊(おはつせのわかさざきのみこと)(武烈天皇)に求婚され海柘榴市(つばきいち)(奈良県桜井市金屋(かなや))であう約束をする。市で尊にあったとき平群鮪(へぐりの-しび)とちぎっていたことを知られ,鮪は乃楽(なら)山で大伴金村(おおともの-かなむら)に殺され,影媛は悲しみの歌をのこしたという。
【格言など】あをによし乃楽(なら)の谷(はさま)に鹿(しし)じもの水漬(みづ)く辺隠(へごも)り水灌(みなそそ)く鮪の若子を漁(あさ)り出(づ)な猪(い)の子(「日本書紀」)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

物部影媛

生年:生没年不詳
5世紀末,大連物部麁鹿火の娘。武烈天皇が太子であったとき,影媛を妃に望み仲人をつかわし,会う約束をさせた。しかし,影媛はすでに平群真鳥の子鮪と深い関係にあったので,海石榴市(桜井市大字三輪付近)で開かれる歌場で待ち合わせるようにし,鮪と影媛が歌を詠みかわして相思相愛の仲であることを太子に見せつけた。怒った太子は,その夜乃楽山(奈良丘陵)で鮪を殺させた。その場にいあわせた影媛は,深い悲しみと憤りを歌に詠んだという。『日本書紀』によれば,この事件はそれまで絶大な権勢を誇っていた平群氏が武烈天皇と大伴氏に滅ぼされる契機となるものであった。

(明石一紀)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

物部影媛の関連キーワード朝日郎糸織媛弟媛(1)蘇我韓子田道妻筑紫葛子太姫郎姫物部木蓮子物部大斧手物部麤鹿火

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone