物集女庄(読み)もずめのしよう

日本歴史地名大系 「物集女庄」の解説

物集女庄
もずめのしよう

現物集女町を中心に、西北方大枝おおえ沓掛くつかけ(現京都市西京区)などを荘域とした。物集もずめ郷の名によると思われ、古くは物集庄と記す。仁平四年(一一五四)の物集庄預所下文案(書陵部蔵壬生文書)に次のようにある。

<資料は省略されています>

物集庄預所から大江(枝)山口の新住人に宛てて、新開発地地利三年免除の原則をさらに一年延長して、大枝付近の新開発を目指したものである。開発された大枝・沓掛付近は物集北庄とよばれたようで、物集新庄の称もあった。保元二年(一一五七)には右の預所長寛威儀師から「物集北御庄内沓懸村住人永厳所」に宛てて、死亡人是光の古作畠を領知すべきことを命じた下文が出され、その写には「物集新庄預所下文案」と記されている(同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む