沓掛(読み)くつかけ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

沓掛
くつかけ

長野県東部,浅間山南麓軽井沢町にある旧宿場町。東方に碓氷峠を控え,軽井沢,追分とともに中山道浅間三宿として知られた。信越本線の開通により宿場町としては寂れたが,大正中期から周辺に別荘地が開発されたため,現在は中軽井沢と呼ばれて,旧軽井沢に次ぐ商店街となっている。中山道 (国道 18号線) と浅間山の北麓へ通じる大笹街道 (国道 146号線) の分岐点でもある。

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百科事典マイペディアの解説

沓掛【くつかけ】

日本各地の宿駅に残る地名。旅人草鞋(わらじ)や馬の沓をささげて神に旅の平穏を祈ったことに由来するといわれる。特に中山道の浅間三宿のうちの沓掛宿(長野県軽井沢町)が有名で,現在はしなの鉄道中軽井沢駅があり別荘地,観光地になっている。
→関連項目追分軽井沢[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

くつかけ【沓掛】

信濃国佐久郡,中山道の宿駅。現在の長野県北佐久郡軽井沢町中軽井沢。古代は長倉郷に属し,地域内の長倉神社は《延喜式》のそれと関係があるという。近世では中山道の軽井沢と追分の中間の宿駅。北に上州の草津や大笹へ向かう街道が分かれ,大笹からは北信濃の仁礼(にれい),須坂,飯山方面にも通じたので,その地方の物は大笹から沓掛に出ることが多かった。また追分宿との中間の借宿(かりやど)からは,鳥居原を経て入山峠にかかる道や和美峠から下仁田に行く姫街道があって,物資輸送上では重要地点であった。

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大辞林 第三版の解説

くつかけ【沓掛】

長野県軽井沢町中軽井沢の旧名。もと、中山道の宿駅。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔長野県〕沓掛(くつかけ)


長野県軽井沢(かるいざわ)町の中軽井沢地区の旧称。江戸時代は中山(なかせん)道の宿場町として栄え、軽井沢宿・追分(おいわけ)宿とともに浅間(あさま)3宿とよばれた。大正期から星野(ほしの)温泉・塩壷(しおつぼ)温泉の玄関口として発展。第二次大戦後は千ヶ滝(せんがたき)別荘地の開発が進み、1956年(昭和31)に国鉄(現JR)の駅名が中軽井沢駅に改称され、1960年に字名も中軽井沢となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

沓掛
くつかけ

長野県北佐久郡軽井沢町中央部の地区。近世軽井沢、信濃追分(しなのおいわけ)とともに浅間三宿(あさまさんしゅく)の一つとして栄えた。現在は中軽井沢とよばれる。近くに星野温泉や千ヶ滝別荘地、北原白秋のカラマツの詩碑などもあり、浅間火山北麓(ほくろく)へ通ずる国道146号も18号からここで分かれる。[小林寛義]

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精選版 日本国語大辞典の解説

くつかけ【沓掛】

長野県東部、軽井沢町中軽井沢の旧称。かつては中山道の軽井沢と追分の間にあった宿駅。浅間三宿の一つ。現在はしなの鉄道(旧信越本線)が通じる。古称、長倉。

くつ‐がけ【沓掛】

〘名〙 旅人などが、道中の無事を祈願して道祖神庚申(こうしん)、山の神などに草鞋(わらじ)や馬沓の類を掛けて手向けること。また、その掛けたもの。

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世界大百科事典内の沓掛の言及

【履物】より

… この世と異界(聖域も含めて)の違いは,履物とはだしの対立関係であらわすこともできるように思われる。山伏には〈山入り〉の際に麓で新しい草鞋にはきかえ,山での草鞋は杖にかけて大事に持ち帰る風習があり,峠などに多い沓掛(くつかけ)という地名は,俗界と聖界の境と考えられる所になっている場合がある。これらは,履物をかえることで異なった空間であることをあらわしているのだが,湯殿山の奥の院などははだしで参ることになっている。…

※「沓掛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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