狩津庄(読み)かりつのしよう

日本歴史地名大系 「狩津庄」の解説

狩津庄
かりつのしよう

尾張国山田やまだ郡に属した京都安楽寿あんらくじゆ院領の荘園。所在地は史料みえ地名から現東区および現守山区の一部が含まれるかと推定されるが不詳。荘名の初見は、安楽寿院領について官使らの入部と大小国役の停止を命じた康治二年(一一四三)八月一九日付太政官牒案(安楽寿院古文書)である。

<資料は省略されています>

ここにみえる曾禰里の遺称は大曾根おおぞねか。

下って嘉元四年(一三〇六)六月一二日付昭慶門院領目録并後宇多上皇安堵院宣案(竹内文平氏所蔵文書)にも、安楽寿院領として「狩津庄高倉三位永定卿」とみえ、昭慶門院喜子内親王に伝領された。

文和三年(一三五四)三月二〇日尾張守護土岐頼康は、当庄内山脇やまわき(森弥次郎跡)について闕所地に相違ないこと、土貢数一〇貫文であることを起請文をもって注進し、これを受けて同年五月二五日足利尊氏は、この所領を長母ちようぼ(現東区)に寄進した(長母寺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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