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狩野貞信 かのう さだのぶ

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美術人名辞典の解説

狩野貞信

江戸後期の狩野派の画家。狩野梅栄の子。梅春と号する。絵師として幕府に仕える。法眼に叙せられた。嘉永から文久年間頃(1848~1864)の人。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

狩野貞信 かのう-さだのぶ

1597-1623 江戸時代前期の画家。
慶長2年4月7日生まれ。狩野光信の長男。2代将軍徳川秀忠につかえる。慶長19年(1614)の名古屋城本丸御殿,元和(げんな)5年の内裏女御御所対面所の障壁画制作に狩野家総領として参加した。元和9年9月20日死去。27歳。京都出身。通称は四郎次郎,左近。

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世界大百科事典内の狩野貞信の言及

【狩野派】より

…室町中期から明治初期まで続いた,日本画の最も代表的な流派。15世紀中ごろに室町幕府の御用絵師的な地位についた狩野正信を始祖とする。正信は俗人の専門画家でやまと絵と漢画の両方を手がけ,とくに漢画において時流に即してその内容を平明なものにした。流派としての基礎を築いたのは正信の子の元信である。漢画の表現力にやまと絵の彩色を加えた明快で装飾的な画面は,当時の好みを反映させたものであり,また工房を組織しての共同制作は数多い障壁画制作にかなうものであった。…

※「狩野貞信」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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