狸平村(読み)むじなだいらむら

日本歴史地名大系 「狸平村」の解説

狸平村
むじなだいらむら

[現在地名]柿崎町旭平(あさひだいら)

西は横山(よこやま)村と接し、北に黒岩(くろいわ)村がある。東に尾神(おかみ)岳(七五七メートル)が迫る。文禄(一五九二―九六)頃の頸城郡絵図に「柿崎分狸平村」とみえ、本納三二石八斗八合二勺・縄高六三石二斗九升三合、家三軒・一二人とある。正保国絵図に「狸条村百九石余」とある。延宝七年(一六七九)の越州四郡高帳に「此所番所但頸城・苅羽通路たけ山直路」と記される。この口留番所は「頸城郡誌稿」によると、当郡松之山・保倉谷・山五十公の諸郷から黒岩村への通路で昼夜村方が守り、村高のうち五〇石、伝馬人足・余荷人足・普請所人足など郡役割高掛りが免除であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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