玉手丘上陵(読み)たまてのおかのへりよう

日本歴史地名大系 「玉手丘上陵」の解説

玉手丘上陵
たまてのおかのへりよう

[現在地名]御所市大字玉手小字宮山

玉手たまで(一五五メートル)西北隅にあり、孝安天皇陵に治定。「古事記」孝安天皇段に「御陵は玉手の岡の上に在り」、「日本書紀」孝霊天皇即位前紀一〇二年九月一三日条に「日本足彦国押人(孝安)天皇を玉手丘上陵に葬りまつる」とみえ、「延喜式」(諸陵寮)に「室秋津島宮御宇孝安天皇、在大和国葛上郡、兆域東西六町、南北六町、守戸五烟」と記す。「大和志」に「陵南有天神祠」とあり、小字名が示すように以前は天満社が鎮座していたが、現在陵内の孝安天皇こうあんてんのう社に合祀。安政二年(一八五五)三月奈良奉行中条良蔵・羽田半之丞らが実地調査、木柵を設けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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