玉水宿(読み)たまみずしゆく

日本歴史地名大系 「玉水宿」の解説

玉水宿
たまみずしゆく

[現在地名]井手町大字井手 玉水

大和街道に設けられた近世の宿で、木津(きづ)川の東岸、玉(たま)川の北にあった。玉水町ともよばれた(京都御役所向大概覚書)。北の長池(ながいけ)宿(現城陽市)まで一里八町、南の木津宿(現相楽郡木津町)までは二里四町であった(山城名跡巡行志)。

宿の成立年代は明らかでないが、豊臣秀吉が木津川堤防(現国道二四号)を修築した結果、それまで東方の水無(みずなし)集落の中を通っていた奈良街道とは別にこの堤防上に大和街道ができたため、その下に玉水集落が井手村の出在家としてつくられた(山州名跡志、山城名勝志、都名所図会)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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