玉輪庄(読み)たまなわのしよう

日本歴史地名大系 「玉輪庄」の解説

玉輪庄
たまなわのしよう

平安末期、大庭おおば御厨の東の境は俣野またの(境川)で、それより東は玉輪庄であった(天養二年二月三日「官宣旨」県史一)荘園領主の名をはじめ、ほかにまったく所見がないが、現玉縄たまなわ付近を中心とした荘園であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む