玉輪庄(読み)たまなわのしよう

日本歴史地名大系 「玉輪庄」の解説

玉輪庄
たまなわのしよう

平安末期、大庭(おおば)御厨の東の境は俣野(またの)川(境川)で、それより東は玉輪庄であった(天養二年二月三日「官宣旨」県史一)。荘園領主の名をはじめ、ほかにまったく所見がないが、現玉縄(たまなわ)付近を中心とした荘園であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報