現和村(読み)げんなむら

日本歴史地名大系 「現和村」の解説

現和村
げんなむら

[現在地名]西之表市現和

安城(あんじよう)村の北に位置し、見和とも書いた。北は安納(あんのう)村、西は西之表村、東は海(太平洋)に面する。村域は東西三一町三〇間・南北一里一七町、浅川(あさごう)川が流れ、仮屋元の吉平のほかに西俣(にしまた)・浅川・武部(ぶぶ)・やにこ・近政(ちかまさ)・泉原(いずみはら)・田之脇(たのわき)浦・庄司(しようじ)浦などの里があった(種子島記・種子島方角糾帳など)。種子島報七郎元持高名寄帳取調帳留(種子島家文書)には西之(にしの)門・中岡(なかおか)門・中村(なかむら)門・木原(きはら)門などの門名がみえる。承久三年(一二二一)一二月には当地を名字の地としたと思われる「御家人見和平次有光」に「多袮島」が安堵されている(「大隅国守護所下文」旧記雑録)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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