ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「畠山直顕」の意味・わかりやすい解説
畠山直顕
はたけやまただあき
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…楡井頼仲は鹿児島県志布志大慈寺の開創者で日向,大隅にかけて奮戦したが,敗れて57年(正平12∥延文2)同寺で自殺した。
[南北朝の動乱]
足利尊氏は日向,大隅の南朝方勢力制圧のため,畠山直顕を派遣した。しかし50年(正平5∥観応1)ごろ武家方が将軍方と足利直冬方とに分裂し,直顕は後者に属し,前者に属した島津貞久・氏久父子と抗争した。…
※「畠山直顕」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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