現川焼古窯跡群(読み)うつつがわやきこようせきぐん

日本歴史地名大系 「現川焼古窯跡群」の解説

現川焼古窯跡群
うつつがわやきこようせきぐん

[現在地名]長崎市現川町

江戸時代の陶磁器窯の跡。県指定史跡。元禄四年(一六九一)諫早家の田中刑部左衛門が当地に隠居して開窯、寛延二年(一七四九)頃に閉窯。天明四年(一七八四)にも窯が築かれている(「諫早日記」など)。窯跡は遺構が確認された観音かんのん窯・鬼木おにき(尾似木窯)のほか、遺物出土から推定された観音下窯・小屋敷こやしき窯・山川やまかわ窯がある。昭和五八年(一九八三)鬼木窯跡と山川窯跡推定地の発掘調査があり、鬼木窯は一つの燃焼室の広さが奥行約四メートル・幅約七メートルで、十数室が階段状に連なる窯と推定されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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