球覃郷(読み)くたみごう

日本歴史地名大系 「球覃郷」の解説

球覃郷
くたみごう

「豊後国風土記」にみえる郷。同風土記には「郡の北にあり」とその方位を示し、景行天皇の話として「此の村に泉あり。同天皇、行幸の時に奉膳の人御飲に擬(あ)てて泉の水を汲ましめんとす。すなわち蛇あり。於箇美と謂う。茲において天皇勅して云く、必ず臭みあらん、汲み用いることなからしめよと。斯れに因り名づけて臭泉と曰う。因って村名となす。今球覃郷と謂うは訛れるなり」と地名起源説話が述べられているが、「出雲国風土記」の楯縫(たてぬい)郡玖潭(くたみ)郷項の「波夜佐雨、久多美乃山」という一文があり、球覃の訓や地名由来を考える参考になる。「日本書紀」景行天皇一二年条に「即ち来田見邑に留りて、権に宮室を興して居し」とみえる来田見(くたみ)邑も同一地域を表現したものかと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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