球覃郷(読み)くたみごう

日本歴史地名大系 「球覃郷」の解説

球覃郷
くたみごう

豊後国風土記」にみえる郷。同風土記には「郡の北にあり」とその方位を示し、景行天皇の話として「此の村に泉あり。同天皇、行幸の時に奉膳の人御飲にてて泉の水を汲ましめんとす。すなわち蛇あり。於箇美と謂う。茲において天皇勅して云く、必ず臭みあらん、汲み用いることなからしめよと。斯れに因り名づけて臭泉と曰う。因って村名となす。今球覃郷と謂うは訛れるなり」と地名起源説話が述べられているが、「出雲国風土記」の楯縫たてぬい玖潭くたみ郷項の「波夜佐雨、久多美乃山」という一文があり、球覃の訓や地名由来を考える参考になる。「日本書紀」景行天皇一二年条に「即ち来田見邑に留りて、権に宮室を興して居し」とみえる来田見くたみ邑も同一地域を表現したものかと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む