琴似屯田兵村(読み)ことにとんでんへいそん

日本歴史地名大系 「琴似屯田兵村」の解説

琴似屯田兵村
ことにとんでんへいそん

明治八年(一八七五)に現在の札幌市街北西方に屯田兵が入植して形成された兵村。明治七年の屯田兵例則により、同年五月から地割、兵村建設に着手し、同年一一月琴似村に二〇八戸の兵屋が完成した。同八年五月に屯田兵一九八戸・九六五人が入地し、翌九年には北接する発寒はつさむ屯田兵村に三二戸が入植している。同一一年までに不足分が補充され、琴似・発寒両屯田兵村を合せて二四〇戸となった。入植者の出身地は青森県四人・岩手県二七人・宮城県一一七人・秋田県二人・山形県九人・福島県五五人・北海道一七人・その他九人であった。入植地域は現在の西区琴似一条、同二条の各四―六丁目辺りで、兵村の中央を貫いて琴似本通(現在の道道琴似停車場線)が走っていた。同本通に直行する五本の通りを設定、この直行する五本の通りには通りを挟んで対面するかたちで各四〇戸(東西二〇戸ずつ)を配し、残る八戸を北部の一通りに並べた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報