瑞応村(読み)ずいおうむら

日本歴史地名大系 「瑞応村」の解説

瑞応村
ずいおうむら

[現在地名]佐川町瑞応

庄田しようだ村の東、八幡やはた村の北にあり、西を柳瀬やなぜ川、南を二ッ野ふたつの(中野川)が流れる。「土佐州郡志」は「東限久喜越坂、西限庄田村蔵掛岩、南限黒岩村中野川、北限源住峠石神、東西十二町余、南北二町余、戸凡十五、其土多砂」と記す。中世は庄田村内の小村で、天正一八年(一五九〇)の庄田村地検帳には「随応村」とも記され、地積六町八反余。

江戸時代、庄田村のなかに含まれることが多かった。元禄地払帳では瑞応村の地高六八石余で新田はなく、すべて深尾若狭知行。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む