甘露寺妍子(読み)かんろじ きよこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「甘露寺妍子」の解説

甘露寺妍子 かんろじ-きよこ

1806-1851 江戸時代後期の女官
文化3年5月22日生まれ。大納言甘露寺国長の次女仁孝天皇後宮で,典侍(ないしのすけ)となり,淑子(すみこ)内親王ら1皇子,3皇女を生む。従三位。中川宮朝彦親王養母ともなる。天皇没後は剃髪(ていはつ)して禎祥院と号した。嘉永(かえい)4年10月28日死去。46歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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