中川宮朝彦親王(読み)なかがわのみや あさひこしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中川宮朝彦親王」の解説

中川宮朝彦親王 なかがわのみや-あさひこしんのう

1824-1891 幕末-明治時代の皇族
文政7年1月28日生まれ。伏見宮邦家親王の4男。仁孝(にんこう)天皇の養子嘉永(かえい)5年青蓮院(しょうれんいん)門跡(もんぜき)となるが,安政5年幕府の条約調印に反対して隠居。文久3年還俗(げんぞく),八月十八日の政変を画策した。明治8年新宮号をあたえられ久邇宮(くにのみや)家初代となる。伊勢神宮祭主をつとめた。明治24年10月29日死去。68歳。幼称は富宮。別称は青蓮院宮,賀陽(かやの)宮。法名は尊応,尊融。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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