生杉村(読み)おいすぎむら

日本歴史地名大系 「生杉村」の解説

生杉村
おいすぎむら

[現在地名]朽木村生杉

針畑はりはた川最上流に位置し、北は小入谷おにゆうだに村、東は中牧なかまき村。西は近江若狭・丹波三国にまたがる三国みくに山。寛永石高帳では庄屋村と合せて高が記され、一五四石余。慶安高辻帳でも同様で、田方一〇八石余・畑方四五石余。天明村高帳では単独で記され、高一一二石余。天保郷帳では高一一七石余。明治七年(一八七四)庄屋しようや村と合併、生杉庄屋村と称したが、同一二年生杉村となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

《「晋書」杜預伝から》竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるように、勢いが激しくてとどめがたいこと。「破竹の勢いで連戦連勝する」[類語]強い・強力・強大・無敵・最強・力強い・勝負強い・屈強・強豪・強...

破竹の勢いの用語解説を読む