生瀬城(読み)なまぜじょう

日本の城がわかる事典 「生瀬城」の解説

なまぜじょう【生瀬城】

兵庫県西宮市塩瀬町にあった山城(やまじろ)。築城年代は定かではないが、小規模な構えや陣屋程度のものであったとみられている。京都と西国を結ぶ交通の要衝に位置していたため、戦国期には何度か戦闘の舞台となったとされる。1730年(享保15)に記された「生瀬村高反別差出帳」に、「古城の跡はおよそ六町西に御座候城主は安達孫十郎殿と承及居申候」とあるが、いつの時代のことか不明である。現在遺構はなにも残っていないため築城などの詳細は明らかではないが、地名城山縄張り地形往時を伝えている。JR福知山線生瀬駅から徒歩。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む