日本歴史地名大系 「用丸名」の解説
用丸名
もちまるみよう
中世、広川庄のうちに置かれた名。現広川町と筑後市の境付近と推定される。天福二年(一二三四)二月日の坂東寺所役注文案(岡本文書/鎌倉遺文七)に「用丸名三十二町五反 分銭九貫七百五十文」とみえ、広川庄鎮守社造営料足反別三〇文のほか、四季神楽料田二町三反のうち秋分の五反があり、正月九日会の饗膳や、豊光、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
中世、広川庄のうちに置かれた名。現広川町と筑後市の境付近と推定される。天福二年(一二三四)二月日の坂東寺所役注文案(岡本文書/鎌倉遺文七)に「用丸名三十二町五反 分銭九貫七百五十文」とみえ、広川庄鎮守社造営料足反別三〇文のほか、四季神楽料田二町三反のうち秋分の五反があり、正月九日会の饗膳や、豊光、
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